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- / / - / - ポニョと南米の日常
2008.07.22 (Tue)
「崖の上のポニョ」は「シュルレアリスム」じゃなくて「マジックリアリズム」なんでしょう。
「夢」ではなく「日常」。 それが違和感の正体なのではないでしょうか。 「たけくまメモ」をふくめていろんなひとが、違和感を表明してるんだけど、それはつまり現実と幻想がいりまじった表現に、なまえをうまくつけられないからなのでは。 これにいちばんうまくフィットするのは「マジックリアリズム」だと思う。 ラテンアメリカ文学におけるマジックリアリズムは、南米的な奇妙な日常をそのまま表現したら、ほかの国の人々からは魔術的にみえたみたいなものらしいです。 つまり「崖の上のポニョ」は、五歳のおとこのこからみた現実をいっさい整理することなく表現した脳内日常なわけです。 だからあれは「夢」ではなくて「現実」であり「日常」なんだとおもいます。 それをそとからみてるから「違和感」をおぼえるだけで、主人公のおとこのこにとっては、へんでもなんでもない。 それにしては、すごいおおごとになってるきもしますが。 いいもの と よくないもの
2008.05.07 (Wed)
独断!レビログ=偏見さんの「アニメ グレラガンのあまりにも悲惨なストーリーに涙した」がおもしろいです。
はじめはにこにこしながら見てたんだけど、読みおわった頃には、おもえば遠くにきたものだなあという気分になりました。 「いいもの」の目安は時とともに変わる。 つまり、時間が流れれば、つかう物差しもちがってくるってことです。 わかりづらいかもしれないので、解説します。 そのまえにひとこと。 管理人の「心は萌え」さんのいっていることは正しい。 つまりは「がんばってるやつがしあわせになってほしい」ってことなんだから。 ただしいとしかいいようがない。 ここでいいたいのは、正しいとか正しくないとかじゃなくて、河はながれていくのだなあとでもいうべきことなのです。 「アニメ グレラガンのあまりにも悲惨なストーリーに涙した」がおもしろいのは、「いいもの」と「よくないもの」の「分けかた」の妙にあります。 「いいもの」の例 : たすけられること・彼女をつくること・しあわせになること 「よくないもの」の例 : 大切なものをうしなうこと・孤独に老いること・死ぬこと あたりまえじゃん、と思うかもしれません。 死ぬなんてそんなのいやじゃん、と思うかもしれません。 たしかに。わたしだっていやです。 でも、それはほんとうに「よくないもの」なんでしょうか。 こういう図式は「KY」とかもそうですよね。 「くうきがよめない」発言をされて、「いやな気分」になったら、それは「損なこと」なので、発言者は「くうきをよめ!!」と非難されるわけです。 じつはこれは「やさしさ」です。 あいてを「いやな気分」に「させないようにしよう!」という「共通の合意」がなされているわけ。 でも、よのなかにはほかの種類の「やさしさ」もある。 「くうきがよめない」発言をされて、相手を「許す」という「やさしさ」です。 でも、この「やさしさ」はさいきんではぶがわるい。 だって、あいてを「許した」ならば、「くうきがよめない」発言をした「悪人」が「しあわせ」になってしまうし、しかも、「いやな気分」になった聞き手が「損をする」ばかりじゃないか、というわけです。 むかし、よのなかにはいいことをする「えらいひと」がいました。 ひねくれものは、そのひとたちを「偽善者」だとか「けっきょく自分がきもちよくなるためにしている」とかいって批判したわけです。 つまり、むかしは「きつくてつらいことをする」ことに「価値」があったわけです。 でも、いまはちがうみたいです。 ゆっくりと変わってきたらしいのです。 つまり、「きつくてつらいことをする」ことは「損なこと」になってきたということなのです。 「きもちいい」ことだけが「いいこと」になってきたのです。 では、「きつくてつらいことをする」必要がある場合はどうしているのかといえば、たぶんそのへんはアウトソーシングされちゃってるんじゃないかとおもいますね。 ガンダム00さんの生活態度について
2007.12.01 (Sat)
ガンダム00さんは強気だ。
見ていてはらはらする。 それは「うわぁこれからどうなっちゃうんだろう!」というはらはらじゃない。 このはらはらは「うわぁこれでお客さんはついてきてくれるんだろうか!」というはらはらだ。 なによりキャラクターのドラマが希薄だ。 だからアクションはかっこいいけど、あまり盛り上がったりしない。 主人公にコミカルな行動をとらせにくい設定だから、ドラマを盛り上げないと感情移入もしづらいだろう。 視聴者の立場に一番近いキャラクターは、主人公の隣の部屋に住んでいる学生の男の子だと思うけど、あんまり出番がない。 主人公と常に行動を共にするくらいでないと、主人公たちに感情移入させる効果は薄いはずだ。 大丈夫なのか、これで、と思わずつぶやいてしまう。 たぶんわざとやっているのだ。 主人公側の設定が隠されているのを見てもそれはわかる。 あの世界の人々がソレスタルビーイングの登場に驚くとき、視聴者にもその驚きを共有させたいのだろう。 わたしたちの視点は、一般大衆の視点だ。 そこで紛争に囲まれた世界を体感する。 だから、気が散らないようにキャラクターのドラマを押さえる。 だから、視聴者を代表させる男の子は、主人公たちとほとんど絡まないようにする。 そのかわり、設定がどわっとやってくる。 世界各地の状況を細かく入れ込み、やたらとキャラクターは多い。 それらは皆、装飾じゃなくて物語の中で意味を持つ情報だ。 もう憶えられないよ! というくらいの情報がやってくる。 その姿は、どことなく新聞に似ている。 もちろん、これは序盤だけだろう。 そのうちキャラクターのドラマが全面に押し出されてくるはずだ。 しかし、そこまでみんな我慢できるのか。 アニメーションは他にもたくさんある。 とりあえず頭で一発かましとかんといかんかったのではないか。 あの強気の姿勢はいったい何なのだろう。 ガンダム00さんの今後が心配です。 |
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